カイコ冬虫夏草と認知機能(2021.2.11)

カイコ合体①

2018年にライフサイエンス事業への本格参入を発表していた第一工業製薬(京都市南区)と同社のグループ会社が、独自素材に認知機能改善作用が期待できることを確かめ、このほど論文発表した。現在、MCI(軽度認知障害)などを対象にしたヒト試験を国内で進めており、今後、機能性表示食品などとして応用開発し、人の認知機能をめぐる社会的課題の解決に貢献したい考えだ。原材料販売と最終製品販売の両面から、世界市場への普及を目指す。

グリア細胞への有効性で論文
 論文は、米国の査読付き科学誌PLOS ONEに1月28日付で掲載された。第一工業製薬とグループ会社の独自素材「カイコ冬虫夏草」に含まれる新規物質「ナトリード」(登録商標)が脳機能に及ぼす働きを報告したもので、同素材および同物質の機能性をめぐる初の本格論文となる。カイコ冬虫夏草を開発した同社子会社のバイオコクーン研究所(岩手県盛岡市)が、大阪市立大学、九州大学、岩手大学、岩手歯科大学と行った共同研究の成果を発表した。

 論文によると、培養細胞を用いた試験の結果、環状ペプチドの一種であるカイコ冬虫夏草由来ナトリードに、神経細胞の成長促進機能▽グリア細胞の一種であるアストロサイトの増殖機能▽同じくグリア細胞の一種であるミクログリアに対する抗炎症機能──のあることが確認された。

 グリア細胞とは、神経細胞の約十倍も多く存在するといわれる脳細胞で、2000年以降、神経細胞を保護するなどして脳機能に重要な役割を果たしていることを示す知見が多く報告されている。

 その一種であるアストロサイトは、グリア細胞の過半数を占める細胞で、神経細胞の保護や神経伝達物質の取り込みなどの役割があるとされる。同じくグリア細胞の一種であるミクログリアは、脳内で免疫機能を発揮しているとされ、認知機能低下の一因とされるアミロイドβを捕える機能を持つといわれる。

 認知機能に及ぼす働きが検証された機能性食品素材は少なくないが、グリア細胞に対する有効性が確認された事例は希少とみられる。そのため第一工業製薬では、ナトリードを含むカイコ冬虫夏草は「従来の脳の血流改善や、抗酸化作用の酸化ストレス軽減による認知機能の改善とは全く異なるアプローチ(グリア細胞と神経細胞の相互作用を調整すること)」を作用メカニズムとする従来になかった認知機能対応素材になり得ると強調する。

 論文ではまた、老化促進モデルマウス(SAMP8)にナトリードを経口投与した研究成果も発表した。ナトリードを7週間投与したところ、認知機能の一つである空間記憶の回復効果が、1日あたり25マイクロ㌘/㌔㌘といった低い濃度でも確認されたといい、同社では、「経口摂取により脳機能を改善する可能性」を示しているとする。

 人に対する有効性は現在検証中で、ナトリードを含むカイコ冬虫夏草を用い、認知症患者を対象にした臨床研究を国内で進めている。これとは別に、MCI対象ヒト介入試験も国内で進行させており、将来、同素材を機能性表示食品市場に展開させることをねらう。また、人に対する有効性データをテコに、海外市場に販路を広げていく機会もうかがう。

第一工業製薬「機能性」も視野
 従来になかった作用メカニズムによる認知機能改善作用が示唆されるナトリード含有カイコ冬虫夏草(ハナサナギダケ)を開発したのは、「養蚕イノベーション」を旗印に、養蚕農家の育成支援、地方創生にも取り組む岩手大学発ベンチャー企業のバイオコクーン研究所(前・東白農産企業組合)だ。福島県棚倉町内に置いた工場を拠点に、カイコ冬虫夏草の生産およびその粉末化などを手掛ける。

 同社で生産するカイコ冬虫夏草に特有ともみられるナトリードを発見したのは、同社の研究フェローを務める鈴木幸一・岩手大名誉教授だ。カイコ冬虫夏草に脳の海馬の神経保護作用があることを2010年に明らかにし、その主要な有効成分として、環状ペプチド構造を持つ新規物質を13年に特定。それをナトリードと命名した。

 一方、工業用化学品の製造・販売を基幹事業とする第一工業製薬は、ライフサイエンス分野への本格参入にあたり、18年9月、バイオコクーン研究所を完全子会社化。現在、同社と連携してヒト試験を進めている他、同社が製造する純国産カイコ冬虫夏草粉末を配合した最終商品を販売。また、その原材料販売の本格化に向けたサンプルワークを進めている。

 原材料販売は、今回の論文発表を機に、大きく加速させたい考えだ。機能性表示食品制度への対応にはしばらく時間が掛かる見通しだが、天然物由来の新たな認知機能対応食品素材として、業界の注目を集めていく可能性も考えられる。

 同社では、18年、バイオコクーン研究所と同時に、天然物からの有効成分抽出・粉末加工を手掛ける池田薬草(徳島県三好市)も傘下に収めている。同社は、独自素材として、徳島県特産のすだちの果皮から抽出したエキス末『スダチン』を保有。第一工業製薬は今後、カイコ冬虫夏草とともに、抗肥満機能が示唆されているスダチンの市場普及も進め、ライフサイエンス事業を軌道に乗せていく考えだ。

 同社は、ライフサイエンス事業を「環境・エネルギー・電子・ITの分野と共に当社が注力する未来づくりの基盤」としていく方針を掲げている。19年3月には、ライフサイエンス事業の拡大を見越し、池田薬草からも近い岡山県内に工場用地および建物を取得。今後、同事業に関わる専用工場を設け、運用していく予定だ。

【写真=バイオコクーン研究所と第一工業製薬が研究開発を進めるカイコ冬虫夏草(画像上)。バイオコクーン研究所の福島・棚倉工場(同下)】




Clip to Evernote

ページトップ