問われる「アスリートの安全性」 (2019.11.21)


 東京五輪開幕まで300日を切った中で、アスリート向けにサプリメントや原材料を販売する、あるいは今後それに取り組もうとする事業者に対し、緊張感を強いる状況が立ち上がっている。医薬品の話だが、禁止物質のコンタミネーション(混入)を巡る問題が裁判にまで発展した。サプリでも同じ事態に至る可能性はある。そのうえ、製造過程で禁止物質の混入を起こしたサプリは、製造者も含めて薬機法を巡る問題まで抱えかねない。禁止物質の分析精度は極めて精密とされる。「この程度なら」の認識は命取りとなりそうだ。

 11月15日、東京地裁。本来含まれない禁止物質の混入を背景にしたドーピング違反の疑いで、暫定的資格停止処分を受けたレスリング選手が提起した訴訟の第1回口頭弁論が開かれた。選手は製薬会社2社を相手取り、精神的損害を受けた慰謝料などとして約6000万円の損害賠償を請求している。

 その前日の14日。ドーピング違反で4カ月の資格停止となった競泳選手が摂取していたサプリメントから、禁止物質が検出されていたことが明るみになった。同様の事例はこれまで海外製品で目立っていたが、今回は日本国内で製造されたものだった。

 国内製造のサプリでは初の事例とみられる。「インフォームドチョイス」に代表されるサプリのアンチドーピング認証を受けた製品ではなかったが、日本国産品だからといって安心できるわけではないことが浮き彫りになった。

 一方、禁止物質の混入を巡る問題が裁判にまで発展したのも、国内では今回が初とみられる。
 損害賠償を求めて提訴したのは、レスリング男子グレコローマン77㌔㌘級で、東京五輪出場の可能性もあるとされる阪部創選手。禁止物質が混入された「欠陥のある医薬品」によってアスリートとしての身体や財産が侵害されたなどとして、当該医薬品を製造販売する沢井製薬と、その原薬を輸入する陽進堂の2社に対して、製造物責任にもとづき、連帯して合計6039万4784円の損害賠償金を支払うよう求めている。

 阪部選手は、決勝戦まで進んだ昨年6月の全日本選抜選手権大会後のドーピング検査で禁止物質のアセタゾラミドが尿中から検出。暫定的資格停止処分を受けた。だが、全く身に覚えがないと主張。検査の前に摂取していたサプリメントやプロテイン、さらに医薬品の成分分析を、自己負担で米国の第三者分析機関に委託した。

 その結果、医師から処方されて試合当日に服用した沢井製薬製の医療用医薬品「エカベド」(胃腸薬)から、1包あたり37マイクロ㌘のアセタゾラミドが検出。禁止物質の体内侵入経路はこの医薬品であったことが推定された。このため今年2月、阪部選手に過失や過誤は一切ないと判断され、処分の取り消しが決定。しかし、同決定まで試合出場やチーム練習が禁じられたため、アスリートとしての活動が大きく損なわれることになった。昨年6月の大会での成績(準優勝)も失効された。

 本来含まれないアセタゾラミドが検出されたのはなぜか。海外工場での原薬製造時に混入したためであることが沢井製薬の調査で分かっている。ただ、同社の調べによれば、混入レベルは医薬品の「PIC/S GMPガイドライン」が定める基準を逸脱するものではなかった。

 そのため同社は、同医薬品の「安全性に問題はない」と指摘しており、裁判でも、製造物責任に基づく欠陥は認められないと主張。14日の口頭弁論では、陽進堂とともに請求棄却を求める姿勢を示した。

 沢井製薬らの主張は、混入量が健康への影響がほとんど考えられないほどの極微量であれ、ドーピング検査で陽性反応が示される可能性があるアスリート特有の事情を、主として一般生活者が利用する製品に当てはめるべきではないと訴えている格好だ。

 しかし、問題が起きた後は別にして、アスリート自らが禁止物質混入の有無を確認できる術は事実上ない。アスリート特有の事情が考慮されない限り、無実の罪を着せられるアスリートが続出することになりかねない。

 訴状によると、医師に処方された医薬品に禁止物質が混入されているとは「想像すらできない」と阪部選手は主張。また、身に覚えのないドーピングによって資格をはく奪などされることは、「全精力をスポーツに捧げているアスリートにとって、『死』に等しいと言っても過言ではない」などと問題提起している。
 裁判の行方が注目される。

国産サプリから禁止物質 資格停止の競泳選手が摂取
 一方、国産サプリメントから禁止物質が検出された問題は、日本代表経験もある競泳男子の藤森丈晴選手のドーピング違反に絡んで明るみとなった。

 藤森選手は今年5月に出場した大会後に受けたドーピング検査で、筋肉増強剤と同じ効果を持つとされる選択的アンドロゲン受容体調節薬(SARMs)の一種として禁止薬物に指定されている「オスタリン」が尿中から検出。当初は5カ月の資格停止処分を受けたが、藤森選手は「過誤の程度は低い」として日本スポーツ仲裁機構に資格停止期間の短縮を申し立てた。

 その結果、仲裁機構によると、当該サプリは外国ではなく日本企業の製品であったこと、問題が起こることの多い海外インターネットではなく当該企業から直接購入していたこと、同じ製品、かつ同じロットの摂取期間中に受けた2度(18年11月及び19年4月)のドーピング検査で陰性だったこと──などの事情が考慮され、4カ月に短縮された。

 仲裁機構によれば、藤森選手が昨年夏から秋ごろにかけて摂取を始めた国産サプリから、1包20㌘当たり約18ナノ㌘のオスタリンが検出されたという。検出量は極めて微量といえるが、藤森選手はオスタリンの体内侵入経路は同サプリメントだと主張した模様。その点については当初5カ月の資格停止処分を下した日本アンチドーピング機構も争っていないとされる。

 本紙の取材によれば、この国産サプリは「インフォームドチョイス」などのアンチドーピング認証を受けた製品ではないことが確認されている。また同製品を販売していたと推測される事業者は、業界でもほとんど知られていないと考えられる企業だが、プロ野球球団や競泳選手などアスリートと一定の関係を構築しているとみられ、アスリートも摂取しているとされるサプリをネット通販などで複数品目販売している。ただ、いずれもアンチドーピング認証は取得していない。

 一方で藤森選手は、同製品の販売会社(仮にA社とする)や同社製品の安全性に、信頼を寄せていた模様だ。

 仲裁機構によれば、藤森選手は以前からA社のサプリを摂取。日本水泳連盟の医事委員も務めるトレーナーからの勧めがあったためで、A社に対して「アスリートに信頼されている日本企業」との認識を持っていた。また同トレーナーは、A社社長と「個人的つながり」があるとみられ、禁止薬物が今回検出された製品についても、「他の選手も飲んでいる。ドーピングで問題は発生していない」などと藤森選手に話していた。

 さらに、藤森選手の兄(五輪出場実績を持つ競泳選手)が同製品を摂取していた。
 兄は17年にA社を訪問して社長と面談。その際、「当社はドーピング違反となる禁止物質の混入がないよう気を付けているので、当社の製品はアスリートにも安全な製品」だと社長から説明を受けたと兄から伝えられたという。

 ただ、同製品には得体の知れない部分がある。「市販していない、公開情報がない」「製造者の情報がない」「ロット番号等の製造情報が不明」(本件に関する仲裁機構による〝仲裁判断の骨子〟より)──などとされており、アンチドーピング認証が取得されていなかったことも含めて、アスリートにとって安全な製品であったか疑問が残る。日本の競泳界では昨年、五輪金メダリストの古賀淳也選手が、禁止物質が混入されたサプリに起因するとも考えられるドーピング違反問題を起こしているだけになおさらだ。同選手が摂取していたサプリメントからも、SARMsの一種が検出されている。

 同製品を藤森選手に提供していたと推測される千葉県の健康食品・化粧品販売会社は本紙の取材に、同製品は同社の製品であるかについて「分からない」と回答した。ただ同社のSNSには、同骨子に記載された製品名と同一名称のサプリを机上に並べた写真が掲載されている。

「アスリート用ではない」
 ドーピング違反で4カ月の資格停止となった競泳の藤森丈晴選手が摂取していた国産サプリメントから禁止物質が検出された問題で、本紙は11月15日午後、同製品を販売していたと推測された企業の社長に電話取材を行った。主な一問一答は次の通り。

──11月14日に公表されたスポーツ仲裁機構の仲裁判断骨子に記載されていた禁止物質が検出されたサプリメントは、御社で販売していたものか。
 「分からない」

──当該製品は藤森選手にわたっていないと。
 「わたっている可能性はあると思うが、他の人は一人も(陽性反応が)出ていないようだ」

──当該製品は市販品ではなくて、選手に特別に提供するような製品なのか。
 「そうではない。元々これは海外に出すような製品であり、アスリート用ではない」

──選手ではなくトレーナーに製品を供給しているのか。
 「それはない。もし選手に出すとしたら、顔を見てからでないとやらない。私は藤森選手に会ったことがない。(禁止物質の)オスタリンが検出されたと仲裁判断骨子に書いてあったが、その物質は通常、手に入れることができない。オスタリンは医薬品(編註=現状では未承認医薬品と考えられる)で日本では流通していない。私たちも全然知らなかった物質だ」
 「私はドーピング・ファーマシスト(編註=スポーツ・ファーマシストのことと思われる)でもあり、管理しているつもりなので、そのような物質が入るのは故意じゃないかぎり無理だと思う」
──民間のアンチ・ドーピング認証があるが、それを取得する考えはあるか。

 「ない。例えば(認証取得には)原料のリストを全て出すことも求められるが、企業秘密もあるから無理だ」

──選手は認証マークがあれば安心だと思うが。
 「メーカーが認証を取ったから大丈夫ではなくて、選手が理解して取り組む問題だ」

──話を戻すが、藤森選手に当該サプリメントを直接、渡していないのか。
 「直接はないが、間接的な可能性は否定できない」

──トレーナーから選手にわたっていたのでは。
 「それも疑問。私はトレーナーが来ても『必ず選手を呼んできてくれ』という。面談してからやる。(トレーナーだけに渡す時は)必ず事前に報告がある。ここへ出していいかとか。私たちはアスリートのために作っているわけではない。私らにはイミダペプチドの製品はあるが、海外向けで痛風関連として出している。選手のために作ったものではない」

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