免疫表示が現実に 食と医をつなぐ分水嶺か(2020.8.27)

1面_免疫_パケ写①

 常識を変える出来事は不意に起きる。2020年8月7日午後3時ごろ消費者庁が行った機能性表示食品の届出情報更新。「健康な人の免疫機能の維持に役立つ」──48件にも上る新たな届出のなかに紛れ込むかのようにそれはあった。日本では非常識と思われてきた食品機能表示が唐突に生まれた瞬間。サプリメント・健康食品が今後、食と医薬の間を明確につなぐ「ヘルスケア食品」として成長、発展していけるかどうかの分水嶺となる。

第1号 キリンの乳酸菌
 日本の保健機能食品制度全体で初となる免疫表示を実現したのはキリングループ。グループで保有する乳酸菌株「プラズマ乳酸菌」を機能性関与成分にした「iMUSE」(イミューズ)ブランドの飲料、サプリメント、合わせて5製品を機能性表示食品とする届出を実行。消費者庁が8月7日、全ての届出を公開した。

 届け出た機能性表示(ヘルスクレーム)は5製品とも同じ。「プラズマ乳酸菌はpDC(プラズマサイトイド樹状細胞)に働きかけ、健康な人の免疫機能の維持に役立つことが報告されています」

 ヘルスクレームにあるpDCとは、形質細胞様樹状細胞とも呼ばれる樹状細胞の一種。樹状細胞は、抗原提示を通じて、自然免疫と獲得免疫の橋渡し役を自然免疫側で担う重要な免疫細胞と考えられている。

 消費者庁が公開した届出資料のうち機能性の科学的根拠資料によると、pDCは、ウイルス感染時に刺激を受けて活性化する免疫細胞。刺激に応答し主にI型インターフェロンを産生するなどして、ウイルスに対する生体防御機構全体を広く活性化する、と説明されている。

 免疫細胞の「司令塔」。そのようにも表現されることもある免疫応答にとって重要なpDCに働きかけることで、「健康な人の免疫機能の維持に役立つことが報告されています」とするヘルスクレーム。その科学的根拠は、ある大手食品企業に所属する研究開発の手練れからして唸らせるものだった。

 ヘルスクレームの科学的根拠として届出されたのは、「健康な人」がプラズマ乳酸菌を継続的に摂取すると、プラセボ摂取群と比べて、①pDCに作用するか②体調に関する全身の自覚症状をより軽度に維持するか③体調に関する特定の部位の自覚症状をより軽度に維持するか──を検証した研究レビュー(SR)。

 採択文献は計6報で、試験デザインは全てプラセボ対照ランダム化二重盲検並行群間比較試験。被験者数は6報合計で1000名を優に超える。

 「第1号だからこそと言うべきだろう。非常に厚みのあるデータが出てきた。研究投資額もかなりなものだと思う」。前述の手練れ研究開発担当者はこう語る。

業界歓迎 だが違和感も
 「暗い世相のなかで画期的な届出」、「ヘルスケア表示の可能性を拓く」、「業界が待っていたヘルスクレームが遂に出た」、「いつか出るものと考えていたが、こんなに早いとは」、「喜ばしい」──これまでの常識を覆すヘルスクレームを行う機能性表示食品の届出実現に業界は歓迎ムード。

 ただ、ヘルスクレームから受けた違和感を漏らす事業者も存在する。
 機能性表示食品のヘルスクレームは、特定保健用食品(トクホ)と比べると具体性が要求される傾向が強い。一方で、今回の届出は、「免疫機能の維持に役立つ」結果どうなるのかの部分が抜け落ち、期待できる機能性の具体に欠けるように思えるためだ。

 「例えば認知機能だと、『認知機能の一部である記憶や判断力の精度を高める』などと機能を限定して表示している。それに比べると今回の届出はシンプルで、機能性を幅広く解釈することもできる」

 乳酸菌を取り扱うある事業者はこう話し、機能性を幅広く解釈できてしまうがゆえに、消費者が科学的根拠に基づかない機能性を想起してしまう可能性を懸念する。同じ指摘は薬剤師からも上がる。

 「ヘルスクレームが分かりにくい。(消費者に)説明が必要だろう。エビデンスに対しては誰も文句を付けられないと思うが、『免疫機能の維持に役立つ』という表現から消費者が受けるイメージとのギャップをどう埋めるかが課題になるのではないか」

 もっとも、「分かりにくい」ヘルスクレームになったことに「機能性表示食品は食品なのだから仕方ない」と理解を示す。

 前述したSRを改めて振り返る。今回のヘルスクレームには、①から③のアウトカムのうち、②と③が反映されていない。

 届出資料の基本情報によると、②については6報のうち4報で「全身倦怠感、寒気、熱っぽさ、総合的な臨床症状、体調または疲労」が対象群と比べて軽度に維持。③についても同様に、③に関して報告された5報の全てで「くしゃみ、鼻汁、鼻閉、のどの痛み、せき、頭痛、関節痛または筋肉痛」が対象群との比較で軽度に維持されていたという。

 このSR結果を踏まえると、プラズマ乳酸菌には、食と医薬の間をつなぎ、それぞれの役割を補完する、健康な人を対象にしたヘルスケア機能(=健康維持・増進機能=予防機能)のあることが、科学的に示唆されていることになる。

 だが、ヘルスクレームで②と③に踏み込めば、法的には食品との間に明確な線が引かれている医薬の領域に片足を踏み入れることになりかねない。②と③は免疫ならではの機能性といえるが、ヘルスクレームとしての落としどころは、「健康な人の免疫機能を維持する」といった漠としたもの以外にはあり得なかったと考えるのが妥当だ。

社会的受容「広告次第」
 機能性表示食品の届出資料の形式確認を担当する消費者庁食品表示企画課保健表示室は、今回の届出を公開する前、厚生労働省監視指導・麻薬対策課にある相談をした。

 相談の内容は、免疫の文言を含む今回のヘルスクレームが医薬品的効能・効果の標ぼうに当たらないかどうかだ。監麻課は8月24日、健康産業流通新聞の取材に「薬機法と照らし合わせても問題はないと考えている」と話した。

 従って、業界に激震が走った〝歩行能力の改善〟問題のような事態に至る心配は今回ないと考えられる。

 社会的に注目を集めるのは販売開始後になる。届出資料によると、5製品の販売開始予定日は、サプリメント2製品が20年11月1日、清涼飲料水3製品が同月24日とされている。

 新型コロナウイルス禍の影響で生活者の〝体調管理〟需要が増加。これを受けてプラズマ乳酸菌配合商品の販売数量は大きく増えている。キリンホールディングスが8月7日に公表した20年12月期第2四半期決算発表資料によると、前年同期比はおよそ2倍と好調だ。

 その上で今後は、商品パッケージに免疫機能を表示、強く訴求できるようになる。社会に与えるインパクトはいかほどのものになるか。

 届出公開後の8月11日にキリンHDが開いた決算説明会で磯崎功典社長はプラズマ乳酸菌の今後についてこう述べている。「一定のマスプロダクトにしていくためにも、しっかりと加速していく」

 新型コロナウイルスが人々の生活を脅かしている。その上でインフルエンザウイルスの季節を迎えようとしている。そのなか日本で初めて提案されることになる「健康な人の免疫機能の維持をサポートする」食品を消費者、生活者はどう受け止めるのか──前述の薬剤師は次のように指摘する。
 「全ては広告宣伝の内容次第」

【写真=キリングループが届け出た免疫機能を訴求する機能性表示食品の1つである「iMUSE プラズマ乳酸菌サプリメント」の商品パッケージ見本。(画像は消費者庁届出DBより)】


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